Features 2022 SPRING 417
ムーブメントをリードする演奏者たち 数百年の時を超えて、洗練された深みのある響きへと生まれ変わったクロスオーバー(フュージョン)のムーブメント。その根底には、確かな演奏力を持つコンテンポラリー・インストゥルメンタル国楽(韓国の伝統音楽)の先駆者たちがいる。国内外で大きく注目されている代表的な三つのグループ。その音楽の世界をのぞいてみよう。 2019年に「ベラ・ユニオン」からリリースされた「ジャンビナイ(Jambinai)」のサードアルバム『オンダ(ONDA)』のミュージックビデオ。韓国芸術総合学校の同期のイ・イル(李逸雨)、キム・ボミ(金宝美)、シム・ウニョン(沈恩用)の3人が2009年に結成し、2017年にドラムのチェ・ジェヒョク(崔宰赫)とベースのユ・ビョング(兪炳求)が正式にメンバーになった後、初めて出したアルバム。それまでの作品に比べて、リズムがさらにダイナミックになったと評価されている。 ブラック・ストリング(Black String)「コムンゴ(琴の一種)の真の音、一生かけても辿り着けないその音と、ブラック・ストリングが追い求める方向性は、大きく見れば大差がない」 2011年に結成された4人組グループ「ブラック・ストリング(Black String)」。韓国の伝統音楽とジャズを融合し、即興性を中心とした実験的なサウンドを奏でる。左からコムンゴのホ・ユンジョン(許胤晶)、アジェンとチャングのファン・ミヌァン(黄珉王)、テグムとヤングムのイ(李)アラム、ギターのオ・ジョンス(呉定洙)© ナ・スンヨル(羅承烈) ここ数年、国内外のワールドミュージックやジャズのフェスティバルに参加して注目を集めてきた4人組グループ。ユニークな名前は、グループの音楽のルーツがコムンゴにあることを表している。少なくとも1500年の歴史を持つコムンゴは、淡泊で荘厳な音色が、韓国の伝統音楽の品格を象徴している。コムンゴの「玄琴」という漢字名を英語に置き換えると「ブラック・ストリング」になるわけだ。2011年にグループを結成した4人の優れた演奏者は、コムンゴのホ・ユンジョン(許胤晶)氏、ギターのオ・ジョンス氏、テグム(大笒、横笛)とヤングム(洋琴、琴の一種)のイ・アラム氏、アジェン(牙箏、琴の一種)とチャング(鼓)のファン・ミヌァン氏だ。ブラック・ストリングにとって2016年は飛躍の年だった。ドイツの世界的なジャズレーベル「ACT」と5枚のフルアルバムをリリースするという破格の契約を結んだのだ。ACTは「ECM」と並んで、ジャズを中心に実験性の高いコンテポラリー・ミュージック(現代音楽)まで扱うレーベルだ。ブラック・ストリングは、ACTレーベルでアルバムを出した初の韓国グループでもある。そして、同年リリースしたファーストアルバム『マスク・ダンス』が、2018年にイギリスのワールドミュージック・マガジン『ソングラインズ』のソングラインズ・ミュージック・アワーズで「アジア&太平洋部門」を受賞した。これも韓国のアーティストとしては初めてのことだ。ブラック・ストリングの世界観は、ヨーロッパの民俗音楽と瞑想的なジャズを融合したECMのスタイルに近いかもしれない。2019年にリリースしたセカンドアルバム『カルマ』の同名タイトル曲で見せたアンビエントミュージック(環境音楽)の禅的な再解釈、「Exhale-Puri」や「Song of the Sea」に見られるジャズのフュージョン的なアプローチは、韓国的なECMサウンドとも言える。リーダーのホ・ユンジョン氏は、破格の中核となる人物だ。ソウル大学国楽科の教授で、韓国を代表するコムンゴ奏者であり、20世紀の韓国演劇の地平を開いたマダン劇(韓国の民衆演劇)の開拓者として知られる演出家ホ・ギュ(許圭、1934-2000)氏の娘でもある。彼女は「父を通じて即興演奏の名手に会った。へグム(奚琴、胡弓に類似)奏者のカン・ウニル(姜垠一)氏が国楽の枠を超えて自由に演奏する姿を見て、私も始めた」と振り返る。ホ・ユンジョン氏は現在、カン・ウニル氏と共に国楽界で自由な試みを行う中心人物になっている。二人は、チョルヒョングム(鉄弦琴、スチール弦の琴)奏者のユ・ギョンファ(柳京和)氏と「サンサントリオ」を結成し、伝統的なシギムセ(装飾音)とリズムをフリージャズやコンテポラリー・ミュージックの技法と融合させている。ユ・ギョンファ氏、そして作曲家としてコラボレーションしたウォン・イル(元一)氏は、ホ・ユンジョン氏の国立国楽高校の同期だ。ブラック・ストリングのメンバーは全て、まだ若いがベテランの域にある国楽・ジャズ界の名手だ。素材の選択も大胆だ。伝統的な民謡、巫女の音楽、仏教音楽からイギリスのロックバンド・レディオヘッドの「Exit Music (For a Film)」まで多彩なレパートリーで、幻想的な音楽の融合を果敢に行っている。フルーティストに引けを取らない独創的なテグムのビルトゥオーソ(名手)、イ・アラム氏。イ・アラム氏とは他のグループでも共演しているファン・ミヌァン氏。そして、ミニマルで立体的なサウンドを奏でるギターのオ・ジョンス氏。ブラック・ストリングが単なるコムンゴのためのアンサンブルではないことを物語るメンバーだ。国楽に目覚めたばかりの読者なら、それぞれにソロやプロジェクトで活動するメンバーの名前を覚えておくといいだろう。ホ・ユンジョン氏は「即興演奏も好きだが、グループのアイデンティティーは即興だけでは生まれない。曲の明確なコンセプトとアイデンティティーが基盤にあって、即興性が原動力になるべきだ」と言う。こうした点から、韓国の伝統的な即興演奏において器楽独奏曲のサンジョ(散調)が、ホ・ユンジョン氏とブラック・ストリングのルーツで核心だと言えよう。 ロックバンド「ジャンビナイ」(Jambinai)「絶滅したり存在しないと信じていた動物が目の前に現れた時の衝撃、まるで深海で生きたシーラカンスが見つかった時と同じような……。そうしたものを追い求めたい」 ポストロックバンド「ジャンビナイ」。韓国の伝統的な楽器を中心に、ロックとメタルが合わさったユニークなスタイルの音楽を演奏する。左からドラムのチェ・ジェヒョク、コムンゴのシム・ウニョン、ギター、ピリ、テピョンソのイ・イル、へグムのキム・ボミ、ベースのユ・ビョング© カン・サンウ 「ヘルフェスト」という音楽フェスティバルがある。フェスティバルというには、少し殺伐とした名前かもしれない。毎年6月に数万人のエネルギッシュなファンをフランスの小さな町に集める世界的なメタル・フェスティバルだ。アイアン・メイデンからカンニバル・コープスまで、金属的な鋭い音を響かせるロック・メタルバンドが主に出演する。このフェスティバルに2016年、韓国の伝統楽器が突如登場した。ジャンビナイというバンドが、公演を行ったのだ。このグループは2009年に結成された5人組のポストロックバンドでギター、ピリ(縦笛の一種)、テピョンソ(太平簫、ラッパの一種)を演奏するイ・イル(李逸雨)氏、へグムのキム・ボミ(金宝美)氏、コムンゴのシム・ウニョン(沈恩用)氏、ドラムのチェ・ジェヒョク(崔宰赫)氏、ベースのユ・ビョング(兪炳求)氏で構成されている。ジャンビナイの音楽はダークで、奇妙なトッケビ(鬼やお化け)が大騒ぎしている様子を連想させる。バチでコムンゴの胴部と弦を叩く荒々しい楽節の繰り返しが、へグムのトッケビがむせび泣くような音やエレキギターの雄たけびと合わさって、ヘビーメタルにはないサスペンス・ホラーとなって押し寄せる。ポストロック、シューゲイザー、メタル、国楽の美学が、予想できない比率で衝突する。へグムとコムンゴの摩擦音と破擦音が、異質ながらも胸に迫る。グループの中心メンバーのイ・イル氏、キム・ボミ氏、シム・ウニョン氏は、韓国芸術総合学校・伝統芸術院の同期で、幼い頃から国楽を専攻した正統派だ。しかし、実のところジャンビナイは、イ・イル氏の国楽に対する反抗心による産物に近い。彼は中学1年生の時にピリを吹き、中学3年生からエレキギターを始めた。学校では国楽を学び、家ではメタリカ(ヘヴィメタル・バンド)を聞いてロッカーを夢見た。ジャンビナイは以前「49 Morphines」という激しいスクリーモ・バンドとして活動していた。イ・イル氏はジャンビナイの結成について、次のように話している。「国楽の楽器は、バンドのサウンドと決して自然に融合できず、伝統的な韓屋くらいがお似合いだろうという先入観、そして国楽は退屈な音楽だという偏見を打ち破りたかった。そのためには、強烈なサウンドが必要だったが、ブラジルの伝統音楽とメタルを融合したバンド・セパルトゥラのアルバム『Roots』から間接的なヒントを得た。ナイン・インチ・ネイルズのアルバム『The Downward Spiral』で聞いたインダストリアル・ロックのサウンド・コラージュ、そしてバイオリン、チェロ、バグパイプなどの楽器がロックサウンドに違和感なく溶け込んだポストロック、そうしたものが全て基盤になっている」。2014年にアメリカで開催された「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」フェスティバルで、ジャンビナイの公演開始時の観客は2人だけだったが、30分で会場を埋め尽くすほどになった。この驚くべき光景は、筆者が今まで経験したコンサートの中で最も印象的なものだ。ジャンビナイは2015年、イギリスの世界的なインディー・レーベル「ベラ・ユニオン」と契約を結び、その翌年にセカンドアルバム『隠棲(A Hermitage)』を全世界でリリースし、絶賛された。小さな炎が野に燃え広がるようなドラマチックなサウンドは、ファーストアルバム『差延(Difference)』の収録曲「消滅の時間」、セカンドアルバムに収録された「クローゼット(Wardrobe)」、サードアルバム『オンダ(ONDA)』の「糸状の地平線」など激しい曲だけでなく、ファーストアルバムの最後の曲「コネクション」のように瞑想的な曲まで幅広い。セカンドアルバムの「隠棲」というタイトルは、このグループを理解する上で重要なキーワードだ。この単語は、ネッシーやイエティなどを対象にした疑似科学「未確認動物学」と関連している。ジャンビナイはコロナ禍以前、毎年50以上の海外公演を行っていた。イギリスのウォーマッド、セルビアのイグジット、デンマークのロスキレなど世界的な音楽フェスティバルで観客を魅了し、2018年の平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックの閉幕式を華やかに彩りもした。 東洋高周波(Dongyang Gozupa)「自分たちの足りないところが、創造的なものを生むと考えている。だから、3人だけでも十分なグループになりたい」 2018年に結成された3人組グループ「東洋高周波(トンヤンゴジュパ)」。リズム楽器だけの構成は、他のグループと異なる特徴だ。疾走感のある演奏で、音楽的なストーリーと爆発的なエネルギーを伝える。左からパーカッションのチャン・ドヒョク(張道爀)、ヤングムのユン・ウヌァ(尹銀花)、ベースのハム・ミヌィ(咸民輝)© キム・シンジュン(金信中) 前述の2グループに劣らない強烈な個性を放つ3人組グループ。名前もとてもユニークな「東洋高周波(トンヤンゴジュパ)」。このバンドの第一印象は、ヤングム奏者のユン・ウヌァ(尹銀花)氏によるスコールのような打弦(弦を叩く演奏)にあるだろう。メタリカが「Master of Puppets」で見せるダウンピッキングの嵐を視覚的に圧倒するほどだ。そこに、ハム・ミヌィ(咸民輝)氏の重いベースとチャン・ドヒョク(張道爀)氏の神出鬼没なパーカッションが合わさると、アウトバーンを走るような疾走感が生まれる。ヤングムの明瞭な音色は、緑あふれる熱帯雨林に降り注ぐ澄んだ雨粒のように弾ける。2018年にEPアルバム『トゥム(隙間)』でデビューし、アジアのバンドとしては初めて世界的なワールドミュージック・フェスティバル「ワールドミュージック・エキスポ(WOMEX)」に2020年と2021年に続けて招かれた。「東洋から来た高周波」を意味するような奇抜なバンド名は、偶然チャン・ドヒョク氏が目にした地元の電器店の看板から取ったものだ。荒々しくて鋭いバンドの世界観にぴったりだと考えた。このバンドの中心は、ユン・ウヌァ氏のヤングムだ。ブラック・ストリングやジャンビナイで演奏されるコムンゴの弦は絹糸だが、ヤングムの弦はスチール。ユン・ウヌァ氏は、ヤングムでメタルを彷彿させる金属的な音楽を奏でる。ヤングムは、ペルシアに由来する楽器だ。その後、少しずつ改良されて、ツィター、ダルシマー、ツィンバロムなどと呼ばれ、中国を経て韓国に伝わると「西洋から来た楽器」という意味でヤングム(洋琴)と呼ばれるようになった。国楽の楽器の中ではセンファン(笙=しょう)と共に、西洋の音階や和声を演奏できる珍しい楽器でもある。世界ヤングム協会の韓国支部長でもあるユン・ウヌァ氏は、この楽器を独自の方法で現代的に改良した。彼女は「韓国の伝統的なヤングムは本来、小さくて音域も狭いので、多彩なジャンルの演奏には制約がある。私が改良したヤングムは、4オクターブ半の音域をカバーし、西洋の12半音階の体系を備えていて、どんな音楽でも演奏できる。音を増幅させるピックアップを取り付けて、エフェクターを使い、表現の幅も広げている」と言う。ハム・ミヌィ氏は「ユン・ウヌァほどヤングムをヘビーに叩く演奏者はいないだろう」と話している。彼女は4歳の時に中国で音楽を学び始め、北朝鮮のヤングムにも通じており、韓国の大学で打楽を専攻した。東洋と西洋、韓国と北朝鮮、打楽と弦楽のメリットを取り入れた「ユン・ウヌァ・スタイル」は、長きにわたる鍛錬の成果だ。ペダルを踏んで音を鳴らすキック・バスドラムを使わないチャン・ドヒョク氏も、ユニークな演奏者だ。両足を使わず、両手だけで低音から高音まで打楽の全てを引き出す中で、独自のスタイルが生まれた。チャン・ドヒョク氏は、東洋的な世界観を取り入れたユニークなロックバンド「短編選と船員たち」の元メンバーで「演奏の制約が、かえって独自のサウンドを生み出している。そんなチャレンジが楽しい」と言う。ハム・ミヌィ氏のベースの演奏は、アメリカのニューメタルバンド「コーン」やパンクロックバンド「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」を連想させるほど、重さと速さを自在に使い分ける。ユン・ウヌァ氏は2021年末、秀林(スリム)文化財団の秀林ニューウエーブ賞を受賞した。毎年1人(あるいは1グループ)、実験的な音楽を展開する若手国楽演奏者に贈られる栄誉ある賞だ。オルタナティブ・ポップバンド「イナルチ(LEENALCHI)」のボーカルのクォン・ソンヒ(権松熙)氏や、黄海道(ファンヘド)の巫女の歌を現代的に再解釈したバンド「楽団光七(アクタングァンチル)」もこの賞を受賞している。#국악
Features 2022 SPRING 268
多彩な挑戦、意外な魅力 同時代性について深く考え、新しい音楽の世界を開拓している若手アーティストが、韓国の伝統音楽の新しい地平を開いている。才能と意欲にあふれたミュージシャンが、多彩な手法で生み出す斬新な魅力に迫る。 © キム・ヒジ(金煕智) 『Born by Gorgeousness』 へパリ(HAEPAARY)、2021年6月、フリップド・コイン・ミュージックオルタナティブ・エレクトロニック・デュオ「へパリ」は、国楽を専攻したパク・ミニ(朴玟姫)氏とチェ・へウォン(崔恵媛)氏によって2020年に結成された。2人は国楽のミニマルな美学を大切にしつつ、その家父長的な要素を取り払おうとしている。このデジタルアルバムでは、宗廟(チョンミョ)祭礼楽をエレクトロニックビートで再解釈したものだ。ユネスコの無形文化遺産に登録されている宗廟祭礼楽は、朝鮮王室の祠堂だった宗廟での祭祀に用いられた歌と踊りで、今も再現されている。アルバムの2曲目のタイトル曲「帰人-亨嘉(Born by Irreproachable Gorgeousness)」のダークな電子音は、1960~70年代のドイツのクラウト・ロックを連想させる不吉なミニマリズムだと言える。ジェンダーの壁を超えたパク・ミニ氏の歌唱も、象徴的で奇抜だ。国楽(韓国の伝統音楽)の声楽曲の一ジャンルである歌曲は、男性が歌う男唱歌曲と女性が歌う女唱歌曲に分けられるが、彼女はそうした区分にとらわれず、エフェクターで男性と女性の声を同時に出して、女性を前面に押し出すことで伝統を覆して組み替える。へパリは「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」フェスティバルに2021年と2022年に続けて招かれた。 ビスケット・サウンド提供 『チョン・ウネ ダンテの神曲-地獄』 チョン・ウネ(鄭恩恵)、2021年8月、ビスケット・サウンド2017年に初演された創作パンソリ(口唱芸能)を基に、朗読劇というサウンドプロジェクトとして完成度を高めた作品。韓国の唱劇(伝統的な歌劇)と西洋のクラシックにサウンド的な建築学を適用した「音の演劇」と言える。「地獄の門」、「カローンの川」、「悪魔の獲物」などアルバムに収録されている17曲は、ダンテの『神曲』の地獄編に着目したもので、主なテキストが歌唱とセリフで展開される。ステレオの立体空間の中を幽霊のようにこだまするチョン・ウネ氏の声は、時には打楽器、チェロ、ギター、ピアノの音に支えられて、暗く湿った地下小劇場に聞き手をいざなう。オルタナティブ・ポップバンドの「イナルチ(LEENALCHI)」がユーモラスなパンソリ『水宮歌(スグンガ)』で滑稽さと面白さを最大限に引き出したとすれば、チョン・ウネ氏はパンソリに込められた物悲しさの美学をダンテの地獄図に溶け込ませたと言えよう。彼女はパンソリ、唱劇、演劇に出演するなど、唱者としても俳優としても活躍してきた。7歳でパンソリに入門し、当代の名唱(名人)から教えを受け、ソウル大学で国楽を専攻した。2013年に国立唱劇団に入団して唱劇で主役を務め、注目を集めるようになった。 © パク・ジニ(朴真姫) 『Hi, We are Jihye & Jisu』 ジへジス、2021年3月、サウンド・リパブリカ打楽器演奏者のキム・ジヘ(金智慧)氏とクラシック演奏者のチョン・ジス(鄭智守)氏からなるデュオのファースト・フルアルバム。キム・ジヘ氏は幼い頃から国楽を学んだが、他の芸術ジャンルとの融合を望んできた。チョン・ジス氏はクラシックのピアニストになったが、創作意欲と大衆性への熱望が強かった。二人はアメリカのバークリー音楽大学のジャズ作曲学科で出会って意気投合し、演奏者として活動しながら創作者としても活躍の場を広げている。二人の創作に、深刻で難解な実験は見られない。収録された7曲が演奏される間、プク(太鼓)とチャング(鼓)とピアノが、それぞれの音色で淡泊なアコースティック・サウンドを奏でる。このアルバムは、二人がスペイン旅行で得たインスピレーションと個人的な経験から作られたもので、常に楽天的なムードと明るいエネルギーにあふれている。クッコリ、チャジンモリ、チルチェなど国楽のリズムが、ジャズのファンキーなリズムや奇数拍子とぶつかり合う。5曲目「ロンダと私」は、混雑する出勤時にぴったりな爽快感がある。6曲目の「桜の記憶」と最後の曲「K-シナウィ」にはサクソフォンと打楽器の演奏も加わり、印象的なフィーチャリングが記憶に残るだろう。 © Daniel Schwartz, Micha 『グリッコリア「月見」に行く』 国楽ジャズソサエティー、2021年3月、ソリノナイテ(音の年輪)音楽会社国楽ジャズソサエティーは韓国、ギリシャ、アメリカ出身のミュージシャンで構成された多国籍アンサンブル。2019年にボストンでジャズオーケストラによるパンソリ・カンタータ・プロジェクトを進める中で結成された。このアルバムは、タイトルの「グリッコリア(Greekorea)」という造語のように、ギリシャと韓国の伝統音楽の化学的な融合を試みたもので、ジャズが触媒になっている。この作品は、ボストンで活動するピアニストのチョ・ミナ(趙美娜)氏を中心にして作られた。チャング、ケンガリ(小さい鉦)、センファン(笙=しょう)、カヤグム(伽耶琴、琴の一種)、テピョンソ(太平簫、ラッパの一種)などの国楽の楽器にギリシャのリュート、中東の打楽器ベンディール、リック、ダラブッカ、そしてドラムとベースまで、多彩な楽器によって立体的に表現されている。またイ・ナレ氏のボーカルは、驚くべきことに韓国の民謡と中東の音を柔軟に取り入れ、各国のリズムやトーン、和声を違和感なく溶け込ませている。イ・ナレ氏は「イナルチ」のメンバーでもある。このユニークな3カ国のコラボレーション・プロジェクトが、他にはないユニークな色彩を放つ音楽につながった。このアルバムは、コロナ禍によってソウル、アテネ、ボストンの演奏者がリモートでコラボレーションして制作したというから、なおさら驚きだ。 © ボイド・スタジオ 『疑似科学』 シンバクサークル(SB Circle)、2021年8月、プランクトン・ミュージックグループ名の「シンバクサークル」は、ジャズ・サクソフォン演奏者のシン・ヒョンピル(申鉉弼)氏、カヤグム演奏者のパク・キョンソ(朴景召)氏、ベーシストのソ・ヨンド(徐永道)氏、ドラマーのクリスチャン・モラン氏の名前を組み合わせたもの。若い世代が使う俗語「シンバク」の「珍しくて奇抜だ」という意味も込められている。この作品は、同グループのセカンドアルバム。この「シンバク」なグループは、伝統音楽の単旋律の音階にジャズの和声を組み込むという古臭い物理的な融合は行わない。代わりに、軽快だが軽薄ではない共同創作の化学反応を見事に引き出している。サクソフォンとカヤグムの単旋律のユニゾンが、漢江(ハンガン)沿いの道を軽やかに走るセダンのように伸びやかな「密室の扇風機」。この1曲目から、音楽の質感が滑らかでクオリティーが高い。ソ・ヨンド氏のベースとクリスチャン・モラン氏のドラムによる繊細で節度あるリズムも魅力的だ。「平面地球」や「マイナスイオン」の斬新で耳に残るメロディーは、国籍や音楽的な伝統にとらわれず、都会的なジャズを愛する全ての人を引き付けるだろう。#국악
Features 2022 SPRING 270
違いを見せる チャン・ヨンギュ(張領圭)氏は映画、舞踊、演劇、現代美術など様々な分野で幅広く活動するミュージシャンだ。彼は1990年代の初めから、いくつかのバンドを中心メンバーとして結成し、伝統音楽の新しい可能性について常に問いかけながら実験を続けてきた。京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)のスタジオで、彼の音楽的な冒険が生み出されている。 2019年に「虎が下りてくる」という曲で国内外から注目を集めたオルタナティブ・ポップバンド「イナルチ(LEENALCHI)」には、音楽監督でベーシストのチャン・ヨンギュ氏がいる。彼の名前を初めて知った読者も多いだろうが、イナルチ以前にも民謡ロックバンド「シンシン(SsingSsing)」で海外の音楽マニアの心をつかんでいた。あまり音楽を聞かない人でも『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)や『哭声/コクソン』(2016)などの映画で、すでに彼の音楽に触れているはずだ。近年大ヒットしたこれらの作品以外にも『タチャ イカサマ師』(2006)や『甘い人生』(2005)をはじめ80本ほどの映画に参加し、国内外の映画祭で音楽賞も受賞している。その他にも舞踊や演劇など多方面で縦横無尽に活躍するミュージシャン、チャン・ヨンギュ氏から話を聞いた。話すのが苦手だとはにかみながら、小学生の時に友達とタンバリンや鍵盤ハーモニカで「マルドアンドェヌン(話にならない)」というグループを作ったと話してくれた。彼の考えは、その音楽のように自由に輝いている。 映画、舞踊、演劇など様々な分野で幅広く活動する作曲家でありベーシストのチャン・ヨンギュ(張領圭)。1990年代の初め、韓国のインディーバンドの第1世代を代表する「オオブ(漁魚父)プロジェクト」でバンドを始めて「ビビン(Be-Being、悲憑)」、「シンシン(SsingSsing)」に続き、現在は「イナルチ(LEENALCHI)」の中心メンバーとして活動している。伝統音楽を魅力的な素材だと考え、国楽の様々な要素をポピュラー音楽と融合し、聞き慣れたようで斬新な独創的音楽の世界を広げている。京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)のスタジオで、彼の音楽的な冒険が生み出されている。 伝統音楽に接したきっかけは?国楽(韓国の伝統音楽)の作曲家で演奏者のウォン・イル(元一)氏との出会いがきっかけだ。1990年代の初めに知り合い、1994年に結成した「オオブ(漁魚父)プロジェクト」でファーストアルバムを出すまで一緒に活動した。その時はバンドの活動をする中で、新しい音や歌への好奇心が強かった。ウォン・イル氏のおかげで国楽の人たちと知り合い、いろいろな創作活動を一緒に行った。その後、より根本的に伝統音楽に興味を持ったのは、現代舞踊家のアン・ウンミ(安恩美)氏と一緒に制作をしてからだ。アン・ウンミ・カンパニーでやりたい音楽を存分にでき、それまでとは違ったアプローチをするようになった。特に『新・春香(チュニャン)』や『シンフォカ プリセンス・バリ-現世編』を制作する中で、伝統的な声楽の三つのジャンル、つまりパンソリ(口唱芸能)、民謡、正歌(雅楽の声楽曲)の違いがはっきりと分かり、それぞれの歌の特性や魅力を感じられるようになった。それをきっかけに、真剣に打ち込もうと、2007年に7人組の「ビビン(Be-Being、悲憑)」というグループを作った。ビビンでは仏経音楽、仮面劇の音楽、宮廷音楽のプロジェクトを行った。全て、学びたいと思って制作したものだ。 音楽監督として国楽の魅力は?長い時間をかけないと作れないものに、大きな魅力を感じる。しかし、どんな状況で聞くのか、どんな方法で出会うのかによって、大きく異なると思う。私は、運良く国楽の人たちに出会って、良い歌や音を直接聞くことができた。アルバムやマイクで音を増幅する公演で聞くのとは違った国楽の魅力が感じられた。これは間近で聞かなければ分からないので、たくさんの人にそうした機会があればと思う。 国立劇場の「ヨウラク(楽)フェスティバル」で公演を行う民謡ロックバンド「シンシン」(2017年7月)。型破りな音楽と愉快なパフォーマンスで観客を楽しませた。シンシンは、チャン・ヨンギュ、3人の唱者、ドラマー、ギタリストの計6人が2015年に結成し、2018年に解散した。国立劇場提供 最近、国楽が再び注目されているが、どう思う? 去年、オーディションの審査員として60グループほどの公演を見る機会があった。審査をしている間、彼らはいったい何がしたいんだろうという考えが頭から離れなかった。伝統音楽をする人は、長い間鍛錬を積み重ねているので、技術的なレベルは相当高い。だが、熟練のテクニックだけで「音楽」と言えるのかというのが、私の率直な気持ちだ。ここ数年、国楽と他のジャンルを融合したバンドが増えていて、去年は国楽のオーディション番組まででき、クロスオーバー(フュージョン)が加速している。だが、それが本当に良いことなのか分からない。伝統的な音楽を聞いたこともなく、よく知らない視聴者が、そのようなオーディション番組に出てくるクロスオーバー音楽だけを国楽だと思い込み、そうした音楽だけを聞こうとする傾向があるので心配だ。伝統的な音楽の面白みや魅力に十分触れる機会と方法を早く見つける必要がある。 国楽と他のジャンルを融合した音楽について、どう思う?私は「キム・ドクス(金徳洙)サムルノリ(農楽風の器楽・踊り)」と多国籍ジャズグループ「レッド・サン」のコラボレーション・アルバム聞いて育った。音楽的にとても素晴らしいと思った。次に「プリ(Percussion Ensemble Puri)」と「梁邦彦(リョウクニヒコ、ヤン・バンオン)」に引かれた。梁邦彦の曲は、本人は意図していなかっただろうが、公演で演奏しない国楽バンドはないくらいだった。当時、梁邦彦の音楽スタイルをまねた国楽グループがたくさん登場したほど、国楽界に大きな影響を与えた。「ジャンビナイ(Jambinai)」については、伝統音楽に属するとは思わないが、自分たちがどんな音楽を目指すべきか方向性を持っていて、自分たちのカラーをはっきり出しているグループだ。音楽的に大きな役割を果たしていると思う。「2番目の月(2nd Moon)」のように、多くの人に受け入れられるポイントをうまく捉えたバンドもある。多彩なグループが生まれているのは、望ましいことだと思う。 弘益(ホンイク)大学校近くのライブハウス「ストレンジ・フルーツ」で公演する「イナルチ」(2021年12月)。チャン・ヨンギュを中心に2019年に結成されたオルタナティブ・ポップバンドで、二人のベーシスト、ドラマー、4人のボーカルの計7人で構成されている。パンソリ(口唱芸能)をポピュラー音楽で再解釈したダンスナンバー「虎が下りてくる」は、国内外で大きな反響を呼んだ。前列右からベースのチャン・ヨンギュ、ボーカルのクォン・ソンヒ(権松煕)、イ(李)ナレ、アン・イホ(安二鎬)、シン・ユジン(申有珍)。後列右からベースのパク・ジュンチョル(朴俊澈)、ドラムのイ・チョリ(李鉄煕)© LIVE CLUB DAY, Azalia それでは、究極的に音楽の価値を決めるのは、何だと思う? 「違い」を見せる必要があると思う。創作活動において、違いをどのように引き出すかを常に中心に考えている。 「常套表現を警戒するために努力する」とはどんな意味?創作活動を続けていくうちに、スタイルが明確になり、それが繰り返されているような気がして、変化について悩んだこともある。しかし、ある時、それが決して悪いことではないと考えるようになって、いつも新しくあるべきだという強迫観念から抜け出せた。自分のスタイルの中で、内容に合わせて、違う方法を見つけていけばいい。 舞踊、演劇、映画の音楽を作る時と「イナルチ」での創作には、違いがある?バンド以外の創作活動は、目的がはっきりしていて、自分の役割も明確だ。しかし、イナルチは完全にオープンだ。イナルチの音楽は、基本的なリズムやパターンを作った後、歌い手の4人が集まって中核になる部分を見いだす。リズムや音楽の方向に見合った旋律を作るために、時には主な五つのパンソリ『春香歌(チュニャンガ)』、『沈清歌(シムチョンガ)』、『水宮歌(スグンガ)』、『興甫歌(フンボガ)』、『赤壁歌(チョクピョッカ)』の全てに当たってみることもある。その過程で偶然生まれたものを発展させるのが面白い。伝統的なパンソリを編曲するのではなく、作曲に近い。 イナルチが成功した後、何か変わった?ポピュラー音楽の市場に入っていきたい、どんどん消費されたいと漠然と考えていた。だが、そのために何をするべきか考えたことはなかった。2020年にファーストアルバム『水宮歌』をリリースした後、本当にやりたくなかったこと、以前なら絶対にやらなかったことなどが、目の前に山積みになっていた。しかし、それを避けながら「商業的に成功したい」とは言えないと思った。「こんなことまでするのか」と考えていたことを受け入れた自分自身が、一番変わった点だと思う。適応するために努力しているところだ。そして、イナルチは、まだ成功していない。「バンドとして消費されているのか」と自問してみると、そうではないからだ。まだまだ先は長い。 今後するべきことは? 実際のところ韓国の音楽市場にはバンド市場がないので、良い音楽さえ作れば、自然とうまくいくとは期待できない。消費されるためには、環境が整うまで待つしかないというのも話にならない。誰かがそうした状況を作ってくれない以上、バンドが自ら真剣に考えて努力し、方法を探す必要がある。 それでは、海外活動を準備中?どうすればバンドが生き残れるか考えた時、もちろん韓国でも方法を探し続けるが、海外には既に市場があるので、そこで認められるように、両方を視野に入れてやっていきたい。今年は、海外公演の日程も決まっている。 去年発売予定だったセカンドアルバムが遅れているが?こんなに忙しくなるとは、全く予想できなかった。アルバムを制作する時間が足りない。そして、五つの主なパンソリから、もっと何かできるだろうと考えていたが、思い違いだった。既存のパンソリのレパートリーをつなぎ合わせて、ストーリーだけを変えたところで、今の時代にふさわしい音楽が作れるのかという疑問を感じた。時代性を反映した新しいストーリーだけでなく、作曲や編曲においても、これまでとは違った音楽的手法を見いだす必要があると考えている。イナルチのセカンドアルバムは、そのような考えが反映された創作パンソリの制作が重要なので、多くの時間がかかるだろう。できれば、今年の末までには発表したい。#국악
Features 2022 SPRING 254
融合とコラボレーションの祭典 国立劇場が主催する「ヨウラク(楽)フェスティバル」は、その名の通り全ての人が楽しめる愉快なイベントだ。国楽(韓国の伝統音楽)の現代的な解釈によって大衆化を図るために始められた。回を追うごとに、多くのミュージシャンの想像力とインスピレーションを刺激して、大胆な創作の世界に導いている。 ワールドミュージックグループの第1世代「共鳴(コンミョン)」。ソウルの国立劇場で開かれた「ヨウラクフェスティバル」において、多彩なレパートリーで20周年記念公演を行った(2017年7月)。同フェスティバルは、観客から好評を博して、チケット完売が続いている。国立劇場提供 ソウル都心のランドマーク・南山(ナムサン)の麓に位置する国立劇場では、毎年7月になると1カ月間、愉快なフェスティバルが開かれる。「ヨウラクフェスティバル」だ。「ヨウラク」とは「ここに私たちの音楽がある」という意味の韓国語を略したもので「現代を生きる全ての人が一緒に楽しめる伝統音楽」という意味も込められている。このフェスティバルは、2010年に始まって今年で13回目を迎える。多彩な分野のアーティストが伝統音楽を介して大胆な試みを行うなど、名実共に伝統音楽の実験の場になっている。 ヨウラクは他の国楽の公演と異なり、ここ数年チケットが完売するほどの人気だ。2021年までの累積観客数は約6万6000人(2020年のオンライン視聴者除外)、平均座席稼働率は93%を記録するほどマニア層を着実に確保しており、近年ポピュラー音楽界で起きている国楽ブームにおいても大きな役割を果たしてきた。これまで伝統音楽は人気がなく辛うじて存続してきたこと、そして音楽市場において国楽関連の割合が依然として小さいことを考えると、こうした成功はとても異例で喜ばしいことだ。 しかし、このフェスティバルの存在価値は、チケットの販売だけにとどまらない。それよりも、国の支援による伝統芸術分野の継承・保存を超えて、同分野に基づいた創造的な音楽活動を行うミュージシャンに舞台を提供することで、伝統芸術の現代化、さらにその価値を海外に広げる「国楽ルネサンス」の牽引役として高く評価されている。 これまでヨウラクの芸術監督は、ピアニストで作曲家の梁邦彦(リョウクニヒコ、ヤン・バンオン)氏、ジャズミュージシャンのナ・ユンソン(羅玧宣)氏、作曲家で指揮者のウォン・イル(元一)氏、チョルヒョングム(鉄弦琴、スチール弦の琴)奏者のユ・ギョンファ(柳京和)氏などが務めてきた。2020年からはコムンゴ(琴の一種)奏者のパク・ウジェ(朴佑宰)氏がクリエイティブ・ディレクターとしてフェスティバルの指揮を執っている。その顔ぶれを見ると、梁邦彦氏とナ・ユンソン氏は、ジャズやポピュラー音楽界で活躍しているミュージシャンで、ウォン・イル氏とユ・ギョンファ氏は伝統音楽の専攻者として個性的な世界観に基づいた実験的・創造的なコラボレーションを行うことで有名な中堅アーティストだ。このようにジャンルを超えた多彩な構成が、ヨウラクの三つのキーワードである実験性、大衆性、コラボレーションを成功へと導いたといえる。s 「ヨウラクフェスティバル」のポスター。国楽の現代的な再解釈によって大衆化を図るため、2010年から始められた。多彩な分野のアーティストが毎年7月、国立劇場で創造的な公演を行っている。s国立劇場提供 また、今まで舞台に立ったアーティストも、大きく三つのカテゴリーに分けられる。一つ目は、パンソリの名唱(口唱芸能の名人)アン・スクソン(安淑善)氏や黄海道・大同グッ(ファンヘド・テドングッ、シャーマニズムの祭儀)の巫女イ・ヘギョン(李海京)氏のように、伝統音楽の原形を保っている重要無形文化財かそれに準ずる名人。二つ目は、彼らよりも一世代ほど若く伝統音楽を専攻して、ジャズ、アバンギャルド、ポピュラー音楽、西洋のクラシックなど他のジャンルとのコラボレーションによって芸術性、実験性、大衆性を同時に追求することで名の知られた新世代のミュージシャン。まさにヨウラクフェスティバルの中心になってきたアーティストだ。一例として、カヤグム(伽耶琴、琴の一種)奏者のパク・キョンソ(朴景召)氏などのミュージシャン、あるいは「共鳴(コンミョン)」や「シンノイ(Sinnoi)」など主にワールドミュージックの分野で著名なバンドが挙げられる。三つ目は、ジャズやポピュラー音楽界などで芸術性の高い実験的な創作活動を行うミュージシャンで、活発なコラボレーションによって伝統音楽との融合を数多く経験してきたアーティスト。例えば、ピアニストのイム・ドンチャン(林東昌)氏、作曲家のチョン・ジェイル(鄭在日)氏、ラッパーのタイガーJKなどが挙げられる。 その他にもフォトグラファーやビジュアルデザイナーなど音楽以外のジャンルで活躍するアーティストも、新しいスタイルのコンサートを作るために積極的に取り組んでいる。#국악
Features 2022 SPRING 282
「朝鮮ポップス」の誕生 国楽(韓国の伝統音楽)にポップスを加えた新スタイルの音楽「朝鮮ポップス」が注目を浴びている。この「変種」ともいえる音楽は、K-popの幅をいっそう広げるものと期待されているが、ある日突然現れたわけではない。 JTBCで放送された国楽のオーディション番組『風流大将』(2021年9月~12月)が行った全国コンサートツアーから、2021年12月にソウルのオリンピック公園で開かれたコンサートで公演を行う「ソドバンド(sEODo Band)」。『風流大将』は、国楽とポピュラー音楽のクロスオーバー(フュージョン)によって、伝統音楽の洗練された魅力を多くの人に伝えた。© JTBC、アトラクト・エム 「国楽は韓国人の音楽だが、韓国人と最も遠い音楽だ」。音楽を愛する小説家のこの言葉は、20世紀以降の韓国の伝統音楽の現実を如実に表している。長い歳月をかけて受け継がれてきた民族固有の音楽だが、現代の感覚に合わないと見なされて、一時期消滅の危機に瀕していた。古臭い音楽だという認識が、多くの人の脳裏に深く刻まれていた。そのような固定観念は、国楽の変化と発展を妨げたが、「朝鮮ポップス」への関心と人気を後押ししたのも事実だ。遠い存在だった国楽がある日、新しいスタイルをまとって現れると、その変化の幅がとても大きく感じられた。しかし、このような現象は初めてではない。韓国の伝統音楽は、時代ごとに新しい感覚を受け入れながら変化してきたが、長きにわたる停滞期を経て、そうした遺産がようやく魅力を放ち始めたといえる。 光化門(クァンファムン)アートホールで公演を行うサムルノリ(農楽風の器楽・踊り)の創始者キム・ドクス(金徳洙)と「請拝(チョンペ)演戯団」(2015年10月)。キム・ドクスは、1978年に伝統的な農楽のリズムを舞台芸術として脚色したサムルノリを発表して、国内外で数多くの公演を行い、大きな反響を呼んだ。請拝演戯団は、およそ20年にわたって伝統的な演戯(劇、歌、踊りなど)を基盤にした創作音楽を作ってきた。© 社団法人サムルノリ・ハンウルリム 保存のための支援20世紀後半、政府の保存・支援政策は、伝統音楽の存続に欠かせない決定的な要因だった。存続が保証されたため、新しい音楽の創作も可能になったのだ。かつてより、どの国・社会の伝統音楽も、変化する時代の中で光を失いがちだった。韓国の伝統音楽も、そのような状況に何度も置かれた。1910~45年の日本統治時代に危機を迎え、1950年に始まった朝鮮戦争は、伝統音楽家をはじめ国楽の資産を破壊した。朝鮮戦争の休戦後も、政治的な混乱と経済的な困窮の中で、伝統音楽に目を向ける余裕はなかった。1960年代からは産業化と都市化に代表される近代化の中で、伝統音楽は前近代的な芸術だと考えられて、日の目を見ることはなかった。しかし、危機の中でも保存のための小さな取り組みは続いていた。日本統治時代には「李王職雅楽部」がその役割を果たした。国の主権を奪われた朝鮮王朝は「李王家」に格下げされ、宮廷儀礼の音楽も縮小または廃止された。そうした中で、李王職雅楽部が生徒を募集して教えることで、かろうじて宮廷音楽の命脈を保った。終戦と韓国建国に続いて勃発した朝鮮戦争中に、国立国楽院が臨時首都の釜山(プサン)に設立され、戦争によって各地に散らばっていた国楽家など国楽の資産の求心力になった。国立国楽院は1953年の朝鮮戦争休戦後、ソウルに移転してからも発展を続け、今日まで伝統音楽の保存と創作を支援する機関として中枢を担っている。1962年に施行された文化財保護法も、大きな役割を果たしてきた。この法律によって「国家無形文化財」制度が導入された。重要な伝統文化・芸術分野を保存対象として指定し、その技能を高めて伝承できる人物に、国が保有者や履修者の資格を与えて支援する制度だ。伝統音楽の部門では、宗廟(チョンミョ)祭礼楽、歌曲(声楽曲)、パンソリ(口唱芸能)、テグム(横笛の一種)散調(器楽独奏曲)、京畿(キョンギ)民謡などが数多く指定されている。興味深いのは最近、国楽の新しいジャンルを開拓して注目を浴びている演奏者の中に、国家無形文化財の履修者が多い点だ。例えば「ブラック・ストリング」のホ・ユンジョン(許胤晶)はコムンゴ(琴の一種)散調、「ジャンビナイ(Jambinai)」のイ・イル(李逸雨)はピリ(縦笛の一種)の正楽(雅楽)と大吹打(軍楽)、「イナルチ(LEENALCHI)」のアン・イホ(安二鎬)はパンソリ、唱者のイ・ヒムン(李熙文)は京畿民謡の履修者だ。 2020年9月にデビュー10周年を迎え、九里(クリ)アートホールで「拍手舞曲」コンサートを行う「コレヤ(Coreyah)」。2010年に結成された国楽クロスオーバーグループで、伝統的な楽器の特性を生かした音楽的な構成に、世界の多彩な民族音楽とポピュラー音楽を組み合わせて、新しい国楽のスタイルを築いてきた。© 九里(クリ)文化財団 国楽の定着1959年のソウル大学校国楽科の創設は、とても大きな意味がある。国楽が学問的な研究の対象になり、その後ソウルだけでなく、全国各地の大学に国楽科が開設されるきっかけになったからだ。特に、1970~80年代に大きく増加した国楽科とその卒業生の社会進出は、国楽の発展の原動力になった。激変する20世紀に伝統音楽の消滅の危機を目の当たりにした前世代とは違い、大学で教育を受けた若い世代は、保存と伝承よりも、国楽に新しい感覚を加えて多くの人に聞かせたいと考えた。その結果、伝統音楽の様々な要素を基に、時代に合わせた創作曲が作られるようになった。その創作の範囲は、とても広かった。比較的よく知られた民謡やパンソリをテーマに新しい曲を作ったり、聞き慣れた西洋のクラシック音楽を編曲して国楽の楽器で演奏することもあった。特に、1970年代末に登場したサムルノリ(農楽風の器楽・踊り)は、多くの人が国楽との距離を縮める上で画期的な役割を果たした。サムルノリは、農耕社会で昔、村の人たちが楽しんだ農楽のリズムを基にしている。プク(太鼓)、チャング(鼓)、ケンガリ(小さい鉦)、チン(鉦)の四つの打楽器がアンサンブルを奏でる愉快な音楽だ。若い国楽の奏者は、サムルノリの特性や要素を取り入れて多くの人が楽しめる公演を行うことで、長年埋もれていた伝統音楽に新たな活力をもたらした。 国楽の変身ポピュラー音楽市場が成長した1980年代には、国楽のリズムやメロディーで親しみやすさを持たせた民謡風の歌謡曲が登場した。「国楽歌謡」と呼ばれるこのジャンルは、ポピュラー音楽の一つの流れになり、国楽愛好家の拡大にも一役買った。また、国楽と洋楽の楽器による伴奏は、その後1990年代にフュージョン国楽が登場するきっかけにもなった。また、1988年のソウルオリンピックから始まったグローバル化は、もう一つの契機になった。市場の開放と新しい貿易秩序の構築によって、西欧の文化が多くの人たちの日常に浸透し、韓国の文化を見つめ直そうという動きが広がったのだ。そのような社会的な雰囲気の中で、国産農産物の消費を勧めたペ・イロ(裴一湖)の曲『シントブリ(身土不二)』(1993)が大ヒットし、同年パンソリをテーマにしたイム・グォンテク(林権澤)監督の映画『風の丘を越えて/西便制』も「国民映画」と呼ばれるほど大成功を収めた。同じ時期にパンソリのパク・ドンジン(朴東鎮、1916-2003)名唱が出演して「韓国のものは大切なものだ」と歌った医薬品のテレビ広告は、キャッチコピーが流行語になった。当時、韓国政府はソウル定都600周年を記念し、観光産業の活性化のために1994年を「韓国訪問の年」と「国楽の年」に指定して、外国人観光客の誘致に拍車をかけていた。その過程で、国楽が韓国を代表する文化商品になった。数年後、アジア通貨危機によって国の経済が危機に直面すると、文化・芸術家の活動も減少したが、一方では多くの国楽家に「生計を立てるために、どんな音楽を目指すべきか」という課題を与えた。 メロン・ミュージック・アワードのBTS(防弾少年団)特別公演で「プチェチュム(扇の舞)」を踊るジミン(2018年12月)。BTSは、音楽配信サービス「メロン」が主催するこの授賞式で『IDOL』(2018)を国楽バージョンに編曲して公演した。ジミンのプチェチュムだけでなく、ジェイホープの「三鼓舞(太鼓を打ちながら行う舞)」、ジョングクの「鳳山(ポンサン)仮面舞」など伝統文化を取り入れた華麗なパフォーマンスで、観客を熱狂させた。© Kakao Entertainment Corp. BTSのシュガのセカンド・ミックステープ『D-2』(2020)のタイトル曲「大吹打(テチタ)」のミュージックビデオ。朝鮮時代の王や官吏が公式に外出する際に演奏された行進曲・大吹打をサンプリングした曲で、トラップビートと国学の楽器の音が小気味よく調和している。世界のBTSファン「ARMY(アーミー)」が国楽に関心を持つきっかけになったと評価される曲でもある。© ハイブ 1990年代末からはインターネットの普及によって、国楽家だけでなく、一般の人たちも世界各国の多彩な音楽に接するようになった。そうした中で、世界各国で自国の伝統・民俗音楽をベースにした新しい音楽が生まれており、「ワールドミュージック」と呼ばれていることも知った。インドやアフリカなどの文化圏の音楽は、国楽家が新しい音楽を創作する上でインスピレーションを与えた。特に、それまで海外での国楽公演は伝統的な楽曲に限られていたが、作曲家ウォン・イル(元一)を中心とするグループ「プリ(Puri)」やワールドミュージック・グループの「コンミョン(共鳴)」のようにフュージョンスタイルの楽曲が増え、海外の音楽祭や音楽市場で良い反応を得た。さらに、変化・変容も広い意味で国楽の創造的な継承だという考えが定着した。ユネスコは民謡の『アリラン』を無形文化遺産に登録した際、「古い歌が今も歌われており、新しい創作によって伝承されている」という点を理由に挙げている。 ポータルサイト「ネイバー」によって行われた唱者イ・ヒムン(李煕文)のオンライン・コンサート「Minyo」(2021年7月)のスチール写真。公演を控えて公開されたもので、イ・ヒムンが自ら扮したキャラクター「ミニョ」をファンタジーなビジュアルで表現している。会場でのライブ公演とミュージックビデオの境界を超えた映像コンサートで、新しい公演形式として注目された。© ハイブイ・ヒムン・カンパニー提供 コラボレーションと相乗効果 近年「朝鮮ポップス」という新しいジャンルとして親しまれている音楽は、このように長い歴史や背景を持っている。韓国内よりも海外で評価されているブラック・ストリング、ジャンビナイ、イナルチなどのバンドの誕生も、そのような流れの一環だといえる。2010年から国立劇場が毎年主催している「ヨウラク(楽)フェスティバル」は国楽界の大きなイベントで、変化しつつある国楽家の考えや創作を紹介するワールドミュージック・フェスティバルになっている。こうした中、国楽に対する他の分野のクリエーターや一般の人たちの考えも大きく変わってきた。2021年9~12月にJTBCで放送された韓国のオーディション番組『風流大将』は、若い国楽家に自由なチャレンジ精神を存分に発揮させ、馴染みはなくても感覚的な音楽で視聴者を魅了した。演劇、舞踊、映画、ミュージカル、美術など他のジャンルが新しい変化を試みる際、国楽家と積極的にコラボレーションするのも新しい現象だ。唱者のイ・ヒムン氏は、ファッション、映像、ミュージックビデオなど様々な分野のアーティストと緊密にコラボレーションを続けているが、最近の筆者とのインタビューで「国楽をしっかりと保存していくことも大切だが、国楽は他の芸術に変化を与える隠れた武器だと考えている」と答えている。 今後「朝鮮ポップス」が、世界各地のユニークな音楽を求める海外のワールドミュージック・ファンにどこまでアピールできるのか期待したい。#국악
Features 2022 SPRING 270
越境する国楽器 国楽器には、古代から朝鮮半島に存在してきた在来の物と、ユーラシア大陸との交流によってもたらされた外来の物がある。これらの楽器には、朝鮮半島の長い歴史において、その時代ごとの文化や感性が込められてきた。中には一時期普及したが忘れ去られた楽器もあれば、しばらくの間忘れられていたが、再び注目されている楽器もある。近年、多くの関心を集めている国楽器をいくつか紹介しよう。 世界の全ての楽器には文化が反映されている。楽器の材料、形、大きさ、演奏法は、地理、環境、宗教、政治など様々な要素が集約された結果だといえる。外部の影響を全く受けず、独自に作られた楽器はほとんどない。たとえ独自に生まれたとしても、普及する過程で必ず社会的な要因が介入する。新しい楽器は、自国の文化と隣国の文化が融合・衝突しながら誕生するものだ。このように楽器のアイデンティティーは一定でなく、時代の流れと共ともに常に変化する。 国学(韓国の伝統音楽)の楽器も同じだ。はるか昔、中国から入ってきた楽器が改良されて普及した物もあれば、比較的新しく20世紀に西洋の楽器を改造した物もある。現在では音量や音域を広げるため、既存の楽器を改良することもある。国楽器は、今でも境界を超えて、自らの歴史を切り開いているのだ。 一方、西洋の音楽が韓国に本格的に紹介された近代を経て、バンドやカルテット、オーケストラなどの合奏が中心になった。だが、このような編成は、国楽器に最適な合奏方法ではない。そのため、国楽器本来の特性が生かされないことも多くなった。特に音量が小さかったり和声をうまく奏でられない国楽器は、舞台で脇役にとどまってきた。 しかし近年、それぞれの楽器ならではの特性を前面に出して、ソリスト(独奏者)として活動するミュージシャンが増えている。合奏では持ち味を発揮できずに補助的な存在だった国楽器、あるいは単独ではあまり演奏されない国楽器を中心に、新しく作られた独奏曲もある。以前に比べると、国楽器の使い方や伝統音楽の解釈も多様化している。現在の国楽器は、伝統音楽に基づいた音楽から、明確にジャンルを分けられない曖昧な音楽まで、全てを対象にしている。 コムンゴ 至高の国楽器 韓国を代表する弦楽器コムンゴ(琴の一種)は、古くから最も優れた楽器の一つとされてきた。単に音楽を演奏する楽器にとどまらず、知識人の精神修養にも用いられた。見た目には同じ弦楽器のカヤグム(伽耶琴)に似ているが、全く異なる特性を持っている。最も違うのは音色だ。コムンゴはカヤグムよりも弦が太いため、低くて重厚な音を奏でる。演奏法も異なる。カヤグムは、一方の手の指で弦を押さえながら、もう一方の手で弦を弾くように演奏する。これに対してコムンゴは、スルテ(バチ)で弦を弾いたり叩くようにして演奏する。他の弦楽器に比べて、コムンゴの音色に強靭ながら節度があるのは、このように打楽器と弦楽器の特性を持ち合わせているからだ。伝統音楽の合奏レパートリーでは、コムンゴが中核になる。しかし、現代に入ってコムンゴの役割は徐々に減り、コムンゴが中心となる創作音楽もあまりない。理由は様々だが、バンドやオーケストラという編成が主流になって、コムンゴの小さな音量と素朴な音色の可能性に目を向けなかったことが大きな原因だ。実際に、コムンゴの特徴をうまく発揮できる作品づくりは、非常に難しい。それでも近年、コムンゴだけで存在感を放つ演奏者が、徐々に増えている。コムンゴのソリストで創作者としても活躍するファン・ジナ氏は、コムンゴの可能性を広げて、現代的で感覚的な作品を生み出している。デジタルシングル『本心(Mess Of Love)』(2021)は、別れと向き合う男女の相反する心理を才気溢れるサウンドで表現している。鮮やかな起承転結の中に、コムンゴならではのリズミカルな響きが余すところなく収められている。 ピリ 息吹を吹き込まれた木 楽器には、木に息吹を吹き込んでこそ完成する物もある。ピリ(縦笛の一種)は、縦に構えて演奏する竹製の管楽器で、ヒャンピリ(郷ピリ、高句麗時代からある縦笛)、タンピリ(唐ピリ、中国の唐から伝えられた縦笛)、セピリ(細ピリ、比較的新しく改良された縦笛)の3種類がある。宮廷音楽から大衆音楽まで、ほとんどの伝統音楽において主旋律を担う楽器だ。管楽器は一般的に、音を出す小さな振動板「リード」がある物と、ない物に分けられる。ピリは「ソ」と呼ばれるダブルリードを使い、他の管楽器と同じように息を吹き込んで強弱を調節し、音孔を開け閉めすることで演奏する。舌の使い方やソをくわえる位置によって音程を調節することで、ピリならではの多彩な技巧を駆使する。こうした敏感な特性をうまく生かすには、演奏者の繊細な技量が求められる。ピリの演奏の幅はとても広い。力強く真っすぐな音色のため、現代の音楽でも主旋律を担当することが多い。それでも、ピリ奏者だけのグループは意外に少ないが「ピリプ(BBIRIBBOO)」は二人のピリ奏者とプロデューサーからなる3人組のバンドだ。様々な伝統音楽のレパートリーにウィットを効かせ、楽器の魅力を最大限に引き出している。2021年に発表された『In Dodri』は、朝鮮時代に宮廷や上流層で演奏された正楽(雅楽)の演奏曲から『千年万歳(チョンニョンマンセ)』の2曲目「両清(ヤンチョン)ドドゥリ」の主旋律をファンキーに編曲した作品だ。両清ドドゥリは、正楽系の音楽の中ではテンポが速く、誰でも覚えやすい愉快な旋律で構成されている。『In Dodri』は、そのような特性を積極的に導入・解釈して、ピリとセンファン(笙=しょう)で演奏している。 ウンラ(雲鑼) 揺らぎと響き 全ての国楽器が、はるか昔から使われていたわけではない。ウンラは、比較的新しく中国から入ってきて広まった楽器だ。ウンラが伝わった正確な時期は分からないが、朝鮮時代の代表的な音楽書『楽学軌範』(1493)に登場せず、朝鮮後期の史料で言及されていることから、大まかな時期を推測できる。ウンラは、銅でできた小さな円盤状の「ドンラ(銅鑼)」を木の枠に吊り下げて、バチで打ち鳴らす打楽器だ。しかし、旋律を奏でることができる点で、他の打楽器とは少し異なる。ドンラは複数の段に一定の間隔で配置されている。一番下の左から右に向けて、順番に音が高くなっていく。一番上の中央にあるドンラが、最も高音だ。演奏法はシンプルで、両手にバチを持ってドンラを交互に打ち鳴らしたり、片手で打ち鳴らしたりする。この楽器は、主に守門将(スムンジャン、宮廷や城門を守る武官)の交代式や御駕(オガ、王が乗る輿)の行列を再現した行事などの行進曲で使われる。他の打楽器と共に演奏されることが多く、単独で使われる音楽はほとんどない。打楽器演奏者のハン・ソルリプ氏が近年、他の打楽器と一緒にウンラを使って多彩な音楽を発表している。2018年のファーストデジタルシングル『おとなは、だれも、はじめは子どもだった』は、美しく澄んだ音色のウンラで、温かく幻想的な雰囲気を醸し出している。この曲は、行進曲に使われるウンラとは違った印象を与える。ドンラを力強く叩いた鋭い音ではなく、穏やかに響き渡る残響と叙情的な旋律に焦点を合わせているためだ。ミニマルでモダンな音色でウンラの可能性を探るミュージシャンは、これからも増えるだろう。 ⓒ최영모(Choi Yeong-mo) チョルヒョングム(鉄弦琴) ギターの変身 チョルヒョングム(鉄弦琴、スチール弦の琴)は、1940年代にナムサダンペ(流浪の芸人集団)の綱渡り名人キム・ヨンチョル(金永哲)氏によって考案された弦楽器で、洋楽器のギターを国楽に合わせて改良した珍しいケースだ。ギターをコムンゴのように床に置いて演奏する中で作られたという逸話がある。そのため、ギターとコムンゴの属性が絶妙に合わさっている。国学の弦楽器は一般的に絹糸の弦を使うが、チョルヒョングムはギターのようにスチール弦を使う。演奏法はギターではなく、コムンゴに近い。右手でスルテ(バチ)を持ち、左手の弄玉(ノンオク、弦を押さえる道具)で弦をこすって演奏する。スチール弦が使われるが、演奏法はギターと全く異なるため、音色がとてもユニークだ。微妙な境界に立つこの楽器は、近代のダイナミズムと変化のエネルギーを秘めている。チョルヒョングムは、伝統音楽の演奏者の間で普及した楽器ではないため、他の楽器に比べて専門の奏者が非常に少ない。当然、演奏できる曲も限られている。近年ようやく、創作曲によって接する機会が少しずつ増えている。カヤグム・トリオ・バンド「ヘイ・ストリング(Hey String)」が2019年に発表した「新皮質の波動」の中間あたりにチョルヒョングムが登場する。カヤグムとは対照的に、鋭い中にも丸みのある金属的な旋律が耳に残るだろう。© チェ・ヨンモ ⓒ 송광찬(Song kwang-chan 宋光燦) チャング 音楽の始まりと終わり チャング(鼓の一種)は、韓国のほとんどの伝統音楽で使われる打楽器だ。音楽の始まりと終わりには、いつもチャングが登場する。音楽の基準になる「拍」を取りながら、テンポを調節しているからだ。チャングは、胴の中央部が細くくびれた形に木材を削り、内部をくり抜いて、その胴の両端に革を当てて紐で結んで作る。演奏は、両手を使って革を叩く。チャングは左側を「プクピョン」あるいは「クンピョン」、右側を「チェピョン」と呼ぶ。プクピョンは手で叩くか、クンアル(丸い玉)のついたバチ「クンチェ」で叩き、チェピョンは木製の長細いバチ「ヨルチェ」で叩く。チャングは一般的に伴奏楽器だと考えられている。もちろん、踊りながら奏でる「ソルチャング」や「風物グッ(プンムルグッ、農楽)」など、チャングを中心に華やかで多彩なリズムとテクニックを披露する音楽もある。しかし、打楽器だけで演奏されることは少なく、打楽器が中心となる音楽も、他の旋律楽器に比べて限られている。それでも近年、ソリストとして活躍する打楽器の演奏者が増えている。打楽器が中心となる音楽を発表して、活動の幅を広げているのだ。キム・ソラ(金素羅)氏は、ソリストとして活動する代表的な打楽器演奏者。2021年に発表されたセカンドアルバム『Landscape』は、韓国で長く受け継がれてきた風物グッと巫女の音楽を独自のスタイルで解釈した作品だ。彼女の演奏には、爆発的なエネルギーと節度ある美しさが共存している。緊張と弛緩の中でリズムを繊細に変奏し、チャングが持つダイナミズムを劇的に表現している。チャングの演奏を一つの完成した音楽として鑑賞できる貴重な機会でもある。© ソン・グァンチャン(宋光燦)#국악