ナス科の植物であるコチュ(唐辛子)は今日、世界各地で最も広く栽培されている香辛料であり、世界人口の4分の1が好み、親しんでいる。韓国料理でも基本的に使われる重要な食材で、殆どの韓国人は、辛い唐辛子が大好きだ。
韓国料理のもっとも重要な食材である唐辛子の辛さは、韓国人の味と言われるほどに大衆に愛されている。
唐辛子は今日、世界各地で最も広く栽培されている香辛料だ。原産地の南アメリカで人々が唐辛子を食べるようになったのは紀元前7000年、栽培が始まったのは紀元前3500年頃だといわれている。15世紀末に伝播されて以来、16世紀後半にはポルトガルの商人を通じてインド、アジア、アフリカなどに急速に広がり、韓国にもその頃に流入したものと推測される。アジアでの唐辛子の生産量が増えるにしたがい、その後、逆に欧州に輸出されるようになった。
辛さの尺度
香辛料としての唐辛子を特筆すべきことは、辛さの尺度だという事実だ。1912年アメリカの薬剤師ウイルバー・スコヴィル(Wilbur Scoville)が開発した「スコヴィル値(SHU)」は、唐辛子がどれほど辛いかを表示する方法の一つだ。今では唐辛子に含まれている辛さの成分であるカプサイシンの含量を正確に測定することができるが、スコヴィル値は依然として唐辛子の辛さの度合いを測る単位として使われている。純粋カプサイシンは1600万SHUだ。スコヴィル値が大きければ大きいほど辛いことになる。
トウガラシ属の野菜にはピーマンのように全く辛くないものもあるが、メキシコを代表する青唐辛子のハラペーニョ(2500〜1万SHU)は中程度の辛さが感じられる。過去にはハバネロ(35万〜58万SHU)が最も辛い部類に属したが、ブート・ジョロキア(86万5千〜150万SHU)やトリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー(150万〜200万SHU)のようにさらに強烈に辛い品種が開発されている。このように極端に辛い唐辛子を好む人々がいるため、誰が一番辛い唐辛子を食べられるかを競う大会まで開かれている。
しかし、唐辛子の中の辛さの成分は鳥には関係ないらしい。鳥はカプサイシンの辛さを感知できる受容体(レセプター)がないからだ。それで唐辛子をついばみその種を遠くまで運んでくれる役割を果たしている。唐辛子の中のカプサイシンは、人のような哺乳動物に食べられないようにするための装置だという話もあるが、実際にリスのようなげっ歯類は一度口にした後は、二度と食べようとしない。
スリルと楽しさ
コチュジャンはもち米に唐辛子粉、麦芽、大豆の麹粉などを混ぜて発酵させた韓国の伝統的な調味料だ。
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トウガラシを食べる大会まで開かれるほどに人々の辛いもの好きな理由は、唐辛子の辛味がジェットコースターのような楽しさを与えてくれるからだ。これは2021年ノーベル生理学・医学賞の共同受賞者の一人、カリフォルニア大学のデヴィッド・ジュリアス教授が発見した事実だ。彼の研究によるとTRPV1(transient receptor potential vanilloid 1)と名付けられた受容体は、カプサイシンから熱い温度を感知する。平たく言えば、唐辛子の辛さは熱感覚を刺激してちょうど火傷を負ったような錯覚を引き起こすのだ。ジェットコースターに乗り空中を一回転したときに面に叩きつけられそうな緊張感を楽しむ人と、辛い唐辛子を口にいれて涙を流している人が感じる楽しさは同一な魅力、スリルだということだ。
違いもあることはある。ジェットコースターは降りてしまえばそのスリル感は消え去るが、唐辛子の辛さは口の中に長い間残って苦しめる。唐辛子の抽出物やカプサイシンをサロンパスや軟膏に入れると、筋肉痛や関節痛の緩和に役立つ。辛味の刺激により痛みが継続することで、痛症と関連のある神経伝達物質が枯渇して、むしろ痛覚を感じなくなってしまうのだ。
一方、暑い地域ほど辛い料理を好む傾向がある。唐辛子、ニンニク、ショウガを入れた辛く刺激的な料理を食べると、人体は熱い部屋の中にいるときのように反応する。そして体温を下げるために汗が出て皮膚の血流が増加する。その結果、皮膚の体温が下がり涼しく感じられるのだ。韓国人が蒸し暑い夏に以熱治熱といって辛く熱い食べ物を食べるのと同じ理知だ。しかし、気候と唐辛子の消費関係に一貫性があるわけではないので、人類が辛味を好む理由については未だ諸説紛紛だ。唐辛子は暖かい気候でよく育つ野菜なので、寒い国では栽培が難しく、それで生産と消費が少ないのかもしれない。しかし、寒い冬だからといって辛い料理を食べないわけではない。韓国人が冬によく食べるキムジャンキムチ(越冬準備の一環として一度に漬けたばかりのキムチ)も辛い食べ物だが、発酵が進み熟成する過程でだんだんとマイルドな味に純化されていく。キムチの漬け汁でカプサイシンが薄まって辛味が減ったり、微生物発酵によってカプサイシンの辛味が化合物に分解されるのかもしれない。2015年建国大学校のキム・スギ(金守基)教授の研究チームは、韓国伝統発酵食品である唐辛子の醤油漬けからカプサイシンを分解する微生物を発見したと発表した。
様々な活用方法
朝鮮戦争後、コチュジャンに砂糖を入れて甘辛く味付けしたコチュジャントッポッキが登場した。現在では多種多様なレシピで大衆的な料理となっている。
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原産地の南アメリカでは、唐辛子は様々な料理方法で幅広く使われている。メキシコでは種類別に生のものと、乾燥させたものとでは呼び名も違うほどに様々な唐辛子が使われている。唐辛子を天日干しにすると、唐辛子の中の化合物が互いに反応して新しい匂い物質を作り出す。メキシコ料理では、特定の料理にどんな唐辛子を入れるべきか事前に決められた規則がある。タマレス、エンチラーダ、サルサには、ラソル(Mirasol)唐辛子を天日干しにして燻煙香の甘い味を際立たせたワヒーヨ(Guajillo chili)を入れる。ポブラノ(Poblano)唐辛子を乾かしたアンチョ(Chile Ancho)は、水につけてすりつぶしたり、乾燥したものをそのままモレソースに入れる。唐辛子を料理に入れると辛さが増加するだけではなく、甘味、燻煙香、果物香のような複合的な風味が加わる。ソースに唐辛子をすりつぶして入れると、ペクチンの分解により柔らかくトロッとした食感が生まれる。
トウガラシの辛味は今日、韓国人の味だといわれるほどに大衆に愛されている。しかし、昔は誰もが唐辛子を好んだわけではない。1920〜30年代西欧式の近代化を進めていた生活改善論者たちは、辛く刺激的な食べ物は進歩していない証拠だとして減らすべきだと主張した。しかし、一般大衆は違った。自分たちが好きな辛い味をより一層楽しむことのできる方法でレシピを変えた。この過程で砂糖と唐辛子粉が結合した。例えば1950年代以前まではトッポッキは辛くない料理だった。モチに肉をいれて醤油で味をつけて炒めるという調理法だった。朝鮮戦争直後、コチュジャンに砂糖を入れて甘辛く味付けしたトッポッキが登場した。その後はコチュジャンベースのトッポッキが主流となり以前の醤油味のトッポッキはだんだんと姿を消した。今も人気の高いナクチポックム(タコの辛炒め)、ジェユクポックム(肉の辛炒め)のような料理も同時期の1950〜60年代に大衆料理として看板メニューとなったものだ。
ここで人間が辛い味を好む理由として、結局は「楽しみ」だという事実を再確認できる。甘味は人間が生まれて以来好むようになり、純粋に味の快楽を象徴する。それに比べて辛味は成長するにつれてだんだんと好きになり、そして楽しみにもなるものだ。唐辛子と砂糖の甘辛い味は若者の生気あふれる味だといえるだろう。
最近では適度な辛味を楽しむことのできる新しい食べ物が人気だ。ロゼトッポッキがその代表的なケースだ。水では辛味を完全に洗い流すことはできないが、カプサイシンは脂肪に良く溶ける。モッツアレラチーズ、生クリームのような乳製品のもつ豊かなカゼインタンパク質は、脂肪とよく結合する。辛い食べ物を食べた後に牛乳やヨーグルトを飲むと苦痛を和らげることができる理由だ。ロゼトッポッキの中の生クリームも同様にカプサイシンと結合して熱感をやわらげながら辛味を楽しむことができるようにしてくれる。海外で人気のKフードのチーズタッカルビやチーズプルタッグも同じような理由である。辛い味に慣れていない外国人も食べやすくなるからだ。
キムチは唐辛子粉の入った韓国を代表する伝統発酵食品で、地域・材料・漬け方により様々な種類がある。
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大衆的な人気
唐辛子をヨーロッパにもたらしたコロンブスは、この野菜が胡椒と関連があると考え、そのため「チリペッパー」という名前をつけた。しかし唐辛子はナス科の植物の実で、コショウ科のつる性植物の実である胡椒とは区別される。唐辛子の辛さはカプサイシンによるものだが、胡椒の辛さはピペリンによるものだ。二つの間には重要な違いがもう一つある。中世のヨーロッパでは当時胡椒は非常に貴重な商品だったので、この香辛料をかけて辛くすればするほど高級料理だと考えられた。17世紀に入り胡椒が大量に輸入されるとヨーロッパの上流層は、口当たりの良い優しい味をもった食べ物を探し始めた。つまり、上流階級の人々は胡椒を入れた料理で自分たちと下層民を区別したかった欲求が、求める味自体をもすっかり変えてしまったのだ。
唐辛子はそうではない。亜熱帯の植物である胡椒とは違い、唐辛子は温帯気候でもよく育つ。栽培のしやすさ、それは大衆が接近しやすいという意味でもある。かつて一角では唐辛子の辛味を過小評価する人々もいたが、大衆的に消費可能な香辛料だったので韓国人の大多数の人々はそんなことには構わずに、自分の好きな味を追求した。その結果は唐辛子が証明している。今日の韓国の料理文化を創り出したのは少数のエリートではなく、一般大衆だということを。