プロデューサー250(イオゴン)は、最も韓国らしい音楽だが皆からダサいと背を向けられていたポンチャック(トロットの別名)というジャンルを、新しい方式で再誕生させた。彼の確固たる音楽世界が盛り込まれたアルバム『ポン』(2022)は、韓国大衆音楽を越え世界が注目し、今もその領域を広げ続けている。
歌手、DJ、作曲家、そしてプロデューサーの250(イオゴン)は、2023年の韓国大衆音楽で断然目立つ主人公になった。韓国人固有の情緒である「ポン」というジャンルを新方式で解釈し、250ならではの音楽世界を構築した。
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辛いスープとくねくねと縮れた麺をふうふう吹いて食べる魅力のあるラーメン。あなたが韓国のラーメンを作るのに初めて挑戦したと考えてみよう。適量のお湯を沸かし、かやくと麺を入れ…。ところが、あっ!しまった。ラーメンの味の決め手である赤い粉末スープを入れるのを完全に忘れてしまった。それを韓国風ラーメンと呼べるだろうか。味を決定する粉末スープ入れずしてラーメンの味を論じることができないように、昨年から今年にかけて韓国の大衆音楽を語る際に欠かせない重要な人物がいる。まさに、ミュージシャンかつプロデューサーである250だ。
異見なし今年のミュージシャン
彼すなわち250(イオゴン)は現在、韓国で最もホットな話題の人物だ。その理由は二つ。一つ目は昨年発売したデビュ-アルバム『ポン』で、韓国のグラミー賞と呼ばれる第20回韓国大衆音楽賞の最高栄誉の「今年のアルバム」と「今年のミュージシャン」、「最優秀エレクトロニックアルバム」、「最優秀エレクトロニック曲」の4部門を席巻し、高い評価を得た。二つ目に、彼はデビューからわずか1年で大きな反響を呼んだ新人K-POPグループ「ニュージーンズ」の様々な楽曲制作にも参加したプロデューサーだ。
250は韓国で古いと低評価される音楽ジャンル「ポンチャック」をベースに、エレクトロニック音楽やヒップホップ要素を加えて、完全に独創的な結果を作り出した。
ソウル龍山区にある作業室で出会った250は、特有の真剣な表情でアルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock、1899-1980)監督の映画『裏窓(1954)』を見たかと記者に尋ねた。すべての始まりは映画『裏窓』からだったと真顔になって熱く語り続けた。
「私は数年間ポンチャクの本質を探求し、私の音楽と組み合わせてみようとしましたが、その答えを探す過程は順調ではありませんでした。答えを探していたところ、映画『裏窓』からインスピレーションを得て、『裏窓』(2018年シングルアルバム)という曲を作曲することになったんです。ある透明な窓一つを挟んで「ポン」と「非ポン」が向かい合っている感じですかね」。
ポンと非ポン、過去と現在、ダサさと洗練さなどが遠くから対面する…。その形而上学的な「窓」は250の音楽世界を説明するキーワードだ。
「ポンは微妙な単語です。いろんな面で韓国人に特別な感情を与えます。トロットを卑下する言葉である「ポンチャック」は、実は太鼓の音を表現する擬声語「クンチャック」から来ています。英語だと「Boom Clap(胸の鼓動)」みたいなものです。でも「クンチャック」は他のジャンルでも通用するので、何かもっと滑稽に表現するために「クン」という言葉を「ポン」に変えたのです。自己卑下的側面です。「ポン」と言えば思い浮かぶまた別のイメージもあります。1986年に上映された成人映画『ポン(Mulberry)』です。当時大ヒットし、様々な後継作が出たりもしました。そして、韓国語で麻薬を意味する隠語でもあります。滑稽だったり、照れくさかったり、暗かったり…。このように多層的で複合的な象徴とイメージが『ポン』、このたった一音節に縮約されているのです」。
哀愁とロマン、楽しさが込められた音であるポンチャックは、韓国に住む人だけが感じることができる独特の文化である。しかし、ほとんどの人はこれを肯定的に捉えない。そもそも「ポン」という単語自体が否定的なイメージであり、日常ではほとんど使われていない単語であるからだ。250は陰で低評価されていたポンチャックを大衆音楽の世界に引き出すことに成功し、新しい音楽での成就を収めたわけだ。
250が探求した音楽世界
250は韓瑞大学校で映像音楽制作を専攻した。20代から韓国の地上波TVドラマの音楽を作り、ソウル龍山区梨泰院にある電子音楽の聖地であるクラブ・ケーキショップでDJとしても活躍した。その時から「変わった音楽を流す人が現れた」という口コミがクラバーの間で広がり、有名になった。
その後、SMエンターテインメントから依頼されNCT127、BoA、f(x)のようなメジャーK-POP歌手の原曲の正式なリミックス音源を発表した。また、ヒップホップファンが熱狂するラッパーのイーセンスの「Everywhere」や「飛行」などをプロデュースした。
それから彼が2018年から低予算ドキュメンタリーシリーズ『ポンを探して』を出したときには、音楽業界では「ビート作りだけが上手いと思ったのにコメディーもなかなかなものだ」という軽い反応が多数だった。
2018年シングルアルバム『裏窓』、2021年シングル『Bang Bus』がいつの間にか話題になり、ついに2022年3月、最初のアルバム『ポン』が発売されるやいなや、音楽ファンと評論家は彼の独創的な音楽に積極的に呼応し始めた。
250は、米ニューヨークのハーレムにヒップホップが流れたり、ブラジルのリオデジャネイロにバイレファンキ(favela funk)ジャンルが鳴り響くように、ポンチャックはまるで韓国という文化圏のBGMのようなものではないかと付け加えた。聴覚的にも「ゲットー(ghetto、特定民族が社会の主流民族から孤立して生きていくこと)化」した要素こそヒップホッププロデューサーであり、クラブDJ出身の250が意外にも発見したポンチャックの魅力だ。
「偉大な演奏者または50人編成のオーケストラがずっと前に録音しておいたサンプルを、後代に粗悪な装備で具現したヒップホップ曲…。そこから漂う特有の趣っていうのがあるじゃないですか。ポンチャクも同じです」。
彼がポンチャクを探求しながら感じたもう一つの点は、ポンチャクが韓国の食文化とも関連があるということだ。
「韓国人には熱いものを好む傾向があるようです。キムチチゲや鍋物のように辛く熱くしてこそ「ごちそうさま」と満足するように。私も先日ベルギーに1週間ほど行ってきましたが、帰国してすぐマネージャーとキムチチゲを食べに行きました。韓国人には中途半端なものよりは、熱い食べ物が合うように「ポンチャク」もそういう点があり、受け入れられるようです。私は明らかに物悲しい曲調と、間違いなくウキウキと陽気にさせる何かが不器用に結びついた魅力的な音楽だと思います」。
250が「ポン」の世界を探求し始めたのは2013年頃からだ。ケーキショップDJ時代、同僚たちと意気投合するために行った旅行先から帰り道に、高速道路のサービスエリアでポンチャク音楽が入ったリミックステープ(製作者の許可なく再編集し、発売するカセットテープ)を買った。ソウルに帰ってこの音楽をリミックスしてみようとおもしろ半分でやってみたのが始まりだった。その好奇心の始まりが250を本気にさせ、ポンチャックの境地まで引っ張ってきたわけだ。
聴き慣れたポンチャックの趣
250が作曲した、聴き慣れれてはいるが馴染みのない、ダサいが微妙にイケてる「ポン」の世界に最も熱狂する観客は、10~20代の若い世代だ。ポンチャックが韓国人の日常に溶け込んでいた20世紀とはむしろ最も距離感が遠い世代でもある。
「彼らはすべてがきちんと整えられていて、きれいに削られている時代に生きています。だから、都心のきちんとした階段よりは、ソウルの郊外にある古い建物のでこぼこした階段に熱狂しながらフィルムカメラを向けます。最近米国の音楽チャート、ビルボードでもカントリージャンルが勢いを伸ばしています。韓国の音源チャートでトロットがここ数年人気を集めたのと同じような現象かもしれません」。
250が最近の音楽以外にはまっているのも一種の「古臭さ」だ。1970~1980年代に上映された香港映画『クレージーモンキー笑拳(1979年)』をはじめとするジャッキー・チェンの初期作に登場する非論理的アクションシーンにはまっているという。
「いつかは映画音楽にも挑戦してみたいです。『クワイエット・プレイス(2018)』のように人々が音に極度に集中しなければならない映画、『インセプション(2010)』のようにスケールの大きい映画、作曲家でありながら音楽監督のエンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone、1928-2020)が参加した作品のように旋律で勝負する映画など、どれもやってみたいです」。
ちょうど彼の低予算ドキュメンタリー『ポンを探して』は2023年の夏、富川国際ファンタスティック映画祭で初めて大きなスクリーンで公式上映された。
「特にロールモデルはいませんが、ただ音楽プロデューサー、クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)や作曲家・プロデユーサ―の坂本龍一(1952-2023)のような方たちのように、いろんな音楽や作業、音楽的にできることならすべてやってみたいです」。
250の次のプロジェクトは、韓国成人映画シリーズの続編タイトルのように『ポン2』にはならないだろう。彼がすでに計画している次作のタイトルは『アメリカ』だ。
「『ポン』で韓国の音楽を充分に楽しんだので、次はアメリカの音楽をやってみようと思います。私が学生時代に憧れたアメリカ、そしてよく聴いていたアメリカ音楽に対する幻想を込めたアルバムになるかもしれません」。
約7年間探求したポンに対する定義は、250の中でも変わり続けてきた。今、この時点で彼が下す「ポン」の定義は次のとおりだ。
「ポンチャクってまるで韓国人なら誰もが知っている韓国のインスタントラーメンのスープ味みたいなものかもしれないですよね。キムチチゲを作っていて、なんとなく物足りないと思ったらラーメンのスープを少し入れるじゃないですか。そしたら「知ってる味」が出ますよね。ラーメンのスープが高級なレシピでもなく、それが正解ではないかもしれませんが、なじみのある味で、口に合う満足のいく味だということは確かです。何か物足りないなと感じたとき、韓国人が求める最後の切り札のようなものでしょうかね」
250という名前は、彼の本名「イ·ホヒョン」と似た響きにしたいということから「イ·オヨン」と発音する数字「250」にしたのだが、大衆に「イ·オゴン」(数字のゼロを韓国ではゴンとヨン両方で発音する)と呼ばれ、結局「250」と呼ばれるようになった。
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彼は、ファーストアルバム『ポン』で韓国大衆音楽賞4冠を受賞した。特に「最優秀エレクトロニックアルバム」と「最優秀エレクトロニック歌」両部門での受賞は、『ポン』がエレクトロニカ·ミュージックとして受け入れられたという点で、意味深いと感想を述べた。
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イム・ヒユン林熙潤、音楽評論家